円山応挙1 of oukyo

我が家の龍龍不動明王


rakkan.jpg
円山応挙筆と書かれた不動尊像が我が家の仏間にあります。前から気になっていたのですが、この不動尊像をじっくり調べてみたいと思います。
僕が子供の頃から伝え聞いてきたのは、こういうことです。昔からの言い伝えなので、誇張や勝手に自分が解釈したことなどが混ざっています。だからどこまで本当かわかりませんが。


僕が聞いていた話

掛け軸裏.jpg裏書き(尊像の裏に書かれています)
我が家は、京都市左京区大原の奥、小出石の出身です。そこで百姓をしていたそうです。江戸時代の終わりか、明治の初期にこのお不動さんが我が家に伝わりました。比叡山で修行をするお坊さんが、ある日この掛け軸を持って我が家を訪れました。この絵を酒に変えてくれないかという不謹慎なことを言うのです。
僕の先祖は、気軽にお酒と交換したのだそうです。しかしたいした絵ではなかろうと、先祖は蔵に放っておいたのだそうです。(一説では、骨董に興味があった人から譲り受けたということも聞いています)
先祖達が仕事で京都市内から山を登る帰り道のことです。やがてわが村が見えるところまで来た時のこと、村のあたりから火が上っているのが見えました。これは大変、火事に違いないと大慌てで帰ったところ、村は何とも平穏で火の気ひとつありません。村に残っていた人に聞いても、覚えがないそうです。こういうことが幾度かありました。

1、本当に円山応挙筆なのか、弟子が多かったので彼らの筆かもしれない。
2、お祀りの仕方(特に手入れの方法)はこれでいいのか。
3、文化財的価値があるなら、届けた方がいいのか等。

追記
僕の小学生の頃は、部屋で護摩を焚いていました。拝みにくる人は「おだいさん(お大師さん?)」と呼んでおり狸谷から来られていたことを覚えています。「ノーマクサンマンサラダー…」を唱えて、白木を四角に組んで積み、火を焚きます。1mほど炎が上がり、天井が煤で黒ずんでいました。

護摩.jpg提灯.jpgマーク.jpg

天井が燃えそうなくらいの炎だったのですが、なぜかまったく心配しなかったです。しかしこの家は借家だったので、今の地に引っ越しました。そのころから、もう「おだいさん」を呼ばなくなりました。しかし、近所の新興宗教「天地の神さん?」を信仰する女性の信者さんが拝みにきていましたし,また横須賀の法華宗のある寺院からご住職が来られていました。
その他にもいろいろな人が来て拝んで帰られますが、それぞれみなさん、たいへんな汗をかきながら、(なかには震えながら)「このお不動さんはこわい、大切にお祀りください」と言われます。

僕のおばあちゃん(祖母)はよくこのお不動さんの前でさいころを振りながら占いをしていました。

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